kazuho.exblog.jp - 奥 一穂の飲んでから書くブログ。なにもかもアルコールのせいです
誰がための著作権譲渡か
[- 神か悪魔か - GNU の見えざる手 : 目次]
この記事は、「神か悪魔か - GNU の見えざる手」の一部です。他のエントリとあわせてお読みください。


予告:本論は追記・訂正・取下を検討中です

 あまり知られていないことだが、FSF は、運営しているオープンソース開発プロジェクトにソースコードを提供する作者に対し、著作権の譲渡を要求している。その理由について、 FSF は、「GPLの権利を最も効果的に行使できるようにするため」と説明している。 (「なぜFSFは貢献者に著作権の譲渡をお願いしているのか」)

 そもそも、著作権譲渡が必要なのか。目に余るライセンス違反が発生したのなら、複数の著作権者が合同で提訴すればよい。FSF が支援すれば、原告としての負担は、さほど大きいものにならないだろう。それが自然な形だと、僕は思う。

 まあ、FSF が言うのだから、譲渡したってかまわないのかもしれない。気持ち悪いけれど、それで権利が守られるのなら。

 でも、本当に権利は守られるのか? ここでは、GNU プロジェクトを代表するソフトウェア GCC の開発者メーリングリストに投稿された著作権譲渡契約を見てみたい。 (情報ありがとうございます > maki さん)

   The Foundation promises that all distribution of the Work, or of any work "based on the Work", that takes place under the control of the Foundation or its assignees, shall be on terms that explicitly and perpetually permit anyone possessing a copy of the work to which the terms apply, and possessing accurate notice of these terms, to redistribute copies of the work to anyone on the same terms. These terms shall not restrict which members of the public copies may be distributed to. These terms shall not require a member of the public to pay any royalty to the Foundation or to anyone else for any permitted use of the work they apply to, or to communicate with the Foundation or its agents in any way either when redistribution is performed or on any other occasion.

http://sources.redhat.com/ml/binutils/1999-q3/msg00534.html より、一部抜粋
 これだけである。

 GNU のライセンスの特徴は、改変の公開を強制するという点にあったはずだ。しかし、そのような規定は、この著作権譲渡契約には存在しない。FSF は、譲渡されたソフトウェアを BSD ライセンスで配布することさえ可能なのである。「GPLの権利を最も効果的に行使できるようにするため」と称して著作権譲渡を要求しておきながら、このような契約を要求するのは、意図的でないとしても、あまりに軽率であり、過去にさかのぼって修正すべきだ。もし意図的ならば、それは詐欺である。

 著作権譲渡がなければ、全著作権者の同意なくしてソフトウェアのライセンスが変更されることはありえない。譲渡が行われるがゆえに、FSF によるライセンス変更が可能になるのである。

 FSF は、開発者の権利を守ると言いながら、むしろ権利を奪っているのではないか?

注: FSF は、著作権譲渡契約を一般に公開することはしていない。しかし、Copyright Papers - Information For Maintainers of GNU Software を見ても、統一契約書の類が存在するようである。
[PR]
by kazuhooku | 2005-01-17 22:34 | GNU
<< Yahoo! が Six Ap... 正式公開 >>