kazuho.exblog.jp - 奥 一穂の飲んでから書くブログ。なにもかもアルコールのせいです
ジャーナリストという消えゆく職業
 R30 さんが、「烏賀陽さんがぶち切れている」というエントリで、

 そもそも新聞メディアの(それも烏賀陽さんみたいな超のつく良心的な)記者の書く原稿というのは、その作成プロセス自体がネットメディアの要求するものよりはるかにオーバークオリティなのだしね。裏取りしてないでいい加減なこと書いても、誰かがそれで怒り出さなければとりあえずそれでオッケーなわけだし、仮に一生懸命裏取りしたところでPVが増えるわけでもなく、誰も褒めてくれない。
と問題提起し、

 でもよく見ると、インターネットだって実は既存メディアのエコシステムを「劣化コピー」してるだけに過ぎない。原稿を「商品」として買い取ってるし、それをすごい勢いでフローとして費消している。知財としての原稿のストックからアウトカムを生み、それを最大化するようなマネジメントをやっているとは、到底思えないわけだ。

 だったら、エコシステムとしてもっと原稿を「知財」として扱うような仕組みを作ったら、うまく行くんじゃないの?なんてことを、ちょっと思ってみたですよ。どんな仕組みなのかは分かりませんがね、ええ。そんなわけでライターの皆さん、頑張ってください。
と、まとめている。

 でも、インターネットのエコシステムは既存メディアのエコシステムを「劣化コピー」しているわけではないはず。正確に言うと、Web 1.0 はそうだった。でも、いまや独自のエコシステムが出現しつつあるよね、というのが「Web 2.0」なんじゃないのか。R30 さんは、もちろんわかってると思うけど。

 既存メディア業界が「ヨレヨレであります」ってことになってるのは、ライターのモチベーションが上がらないという構造に問題があるからではなく、コミュニケーション手法の変化によって取材にかかるコストがゼロになりつつある、という点によるのだと思う。
 
 記者会見がネットで中継されて、電凸が公開されるような世の中では、取材コストを読者に転嫁することはできない。取材も裏取りも分析も皆がよってたかって無料でやるんだから。(例: その1, その2)

 ブログの「分析」があればメディアの「論評」はいらない、という話があるが、「取材」機能についても同様なんじゃないのか、ということ。
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by kazuhooku | 2006-06-10 13:10 | 雑想
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