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kazuho.exblog.jp - 奥 一穂の飲んでから書くブログ。なにもかもアルコールのせいです
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インド人から見た「イノベーション」
 PRI's the World Technology Podcast の3/10放送分から、今更なネタ。

 インドでは、2,30年前は、トップクラスの IT 系学部卒業者の8割が海外で就職していたのに対し、今日では9割が国内に残る (世界はこれほどフラットになったんですね)。ただ、インドの IT 業界団体の長いわく、

 ・だからといって、イノベーションの水準が一朝一夕にアメリカに追いつくわけではない
 ・問題は、創造性の欠如ではなく環境の欠如
  ・起業活動を涵養する環境がどこまで整っているか、だ
 ・長期的には、インドとアメリカがイノベーションをリードする
  ・文化と政治的主張の多様性があるから

という話。まあ最後のポイントはライバルである中国様への嫌味だったりもするんだろうけど、アメリカ以外の国の人々が「イノベーション」にどう取り組んでいるのか、ってのは、あまり耳にしないし、興味深いなと思った。
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by kazuhooku | 2007-03-29 10:48 | ニュース
Wikipediaは百科事典ではない。ビブリオである
 池田信夫氏がWikipediaとの闘いを宣言している。見たところ、どうも氏は敵を知らずして闘いを挑んでいるように思う。
(中略)
 建前上、管理者の管理行為は議論で「合意」された手続きによってのみ行われる。リバートが正当か否かは、議論におけるコンセンサスに忠実であるか否かという基準で判断される。コンセンサスが得られていない状況では現状維持があるべき姿とされる。

 一見理不尽なビューロクラシーに見えるかもしれないが、Wikipediaの成功した最大の要因はここにある。

東瀛倭族拝天朝 - Wikipedia

 内容の審査ではなく形式審査であるというのはそのとおり。と同時に、そのような軽い管理手法にマッチする編集方針が採用されている、という点も見逃してはならないと思う。

 Wikipedia の三大原則:中立的な観点検証可能性独自の研究を含めない、は何を意味しているのか。おおざっぱに言って、これらの原則は、
 
・(出版物のような)信頼しうる公開情報のみから記事を構成すること
・情報源を明記すること
・参照する情報源を追加することはあっても消さないこと

と読み替えることができる。Wikipedia は百科事典というより、ビブリオなのだ。参考文献リストならば、編集合戦は起こりにくい。Wikipedia は情報の大海を整理する場であって、正しい情報を提供するための装置ではない。そしてそれがゆえに、オープンなシステムとして成功したのだ。
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by kazuhooku | 2007-03-18 00:23 | 雑想
Re: JASRACに「おふくろさん」を注意する権利あんの?
「著作者人格権」は、著作者だけが持っている権利(一身専属性)ですので、JASRACも著作者人格権の問題には関与できません。

著作者人格権 (jasrac.or.jp)

だから「利用許諾できない」とかいうことってそもそもできんの?

「関与でき」ないんじゃないの?

in-between days - JASRACに「おふくろさん」を注意する権利あんの?

 仮に著作者との契約上問題があるとしても作詞家の川内氏の利益には反しないし、JASRAC の行為の適法性が問題になるとしたら著作権等管理事業法に違反しているかどうか、になるんじゃないか。

 で、同法の「第十六条 著作権等管理事業者は、正当な理由がなければ、取り扱っている著作物等の利用の許諾を拒んではならない」については、今回の JASRAC の行動は当然文化庁に照会した上での判断だろうから、たぶん「正当な理由」にあたるんだろう。

 実際、管理事業法は取次のような事業形態も想定しているのだから、特定の実演家に対しては許諾しない、といったライセンス形態も合法なんじゃないかな。

 建前上 JASRAC は著作者が任意で契約することのできる管理事業者のひとつにすぎない以上、問題は JASRAC がどうあるべきかではなく、著作者人格権がどのようにあるべきか、という立法論なんだと思った。

注: 契約を変更するには文化庁への届出が必要 (管理事業法と仲介業務法の比較)
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by kazuhooku | 2007-03-08 22:23 | ニュース
「実名インターネット=住所公開」を主張する新聞社の論理
池田氏 通名と実名は、本質的には異なるものであると考えています。
――通名と匿名は?
池田氏 匿名と通名は、どこでの掲載という問題がある。書かれた側からすれば、どこの誰かがわからなければ、匿名と同じであるし、誰かわからなければ、実名であるとは考えない。
――ではたとえば、鈴木一郎さんという平凡な名前の人物が実名でネット掲示板に書き込み、他人を批判した場合には、それはOKということでしょうか?
池田氏 それはだめでしょう。どこのだれかわからなければだめです。書かれた側がどこの誰であるかわかれば、理解できるけれども、少なくとも、ありふれた名前がどこのだれかわからなければ、それは実名とはいえない。

CNET Japan Blog - 佐々木俊尚 ジャーナリストの視点:毎日新聞「ネット君臨」取材班にインタビューした

 いまさら関連のエントリを読んでいたんだけど、まあそういう主張になるのは当然でしょうね。毎日新聞の元の記事を読んでも、「実名」インターネット派の主張は、被害者が (プロバイダに開示要請をせずとも) 対抗手段を取れるようにすべき、というものっぽいので。「ありふれた名前がどこのだれかわからなければ、それは実名とはいえない」のは、そのとおり。

 万が一にも開示要請を挟むことを認める立場にたってしまうと、「どのみち開示要請するんでしょ、だったら掲示板の表示は匿名でいいじゃん」という 2ch 肯定派と何も変わらなくなってしまうわけであり。

 あとは、責任主体を特定可能な形以外での言論は禁止すべき、という主張の妥当性だけれども、新聞社がそう主張するのには、とても納得できる。既存のマスメディアってのは、発行主体だったり署名記事だったり、責任の所在が明らかだし、むしろ、その看板を背負って書いている、というのが彼等彼女等の責任感であり誇りなのだから。「匿名による言論」は、ジャーナリストとしてのレゾンデートルに対する脅威なんでしょう。

 と同時にインターネットは新聞経営に対する圧力でもあるわけで。結局、毎日新聞の記事は中立的な立場からではなく、インターネットに対立するメディアの自賛ネタとしておもしろい、という類のものだと感じた。新聞が競合するメディアを攻撃するのは、反テレビキャンペーンでもお馴染みの光景であるし、まあそんなところかと。

注: だからといって反論が不要というわけではない
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by kazuhooku | 2007-03-07 03:53 | ニュース