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kazuho.exblog.jp - 奥 一穂の飲んでから書くブログ。なにもかもアルコールのせいです
カテゴリ:雑想( 93 )
恐竜になったマイクロソフト
 Microsoftは法人顧客からの抗議を受け、パスワード保護されたフォルダの作成を可能にするWindowsアドオンソフト「Private Folder 1.0」の提供を中止する。

(中略)

 Windows Server関連のサイトであるMSBlogでは、Stuart Grahamという名前の人物が、「たいしたものだ。企業に与える影響は考えなかったのだろうか。すべてのデスクトップをブロックする方法や、ユーザーが必ずファイルをなくすので、そのときのサポート方法など、この製品の情報集めに既に奔走している状況だ。家庭のユーザーにとってはメリットのある製品だが、Microsoftは、あまり考えずにこれをリリースしたようだ」と書き込んでいた。

(マイクロソフト、「Private Folder 1.0」の提供を中止へ--法人顧客からの抗議を受け - CNET Japan)

 企業ユーザーが反発するような機能拡張を公開することができないのが今のマイクロソフトってことですか。俊敏な企業だと思ってたけど、結構足元は脆弱なのかも、と、今更の感想。
 恐竜の足もとには、おこぼれ (ベンチャーにとってのチャンス) が転がってるかもね。
by kazuhooku | 2006-07-19 03:35 | 雑想
YouTube が注目される、2つの理由
 補足。先のエントリ、特に、

商業的な権利なんてものは、社会全体の利益に反しない程度に守られればいいものである。
(YouTube 違法論は非本質的)

について。

 著作権なんてものがなぜ存在するかというと、コンテンツ製作者にある程度の独占的権利を認めたほうが、創作のインセンティブになるから。換言すると、コンテンツ利用者の権利と、創作者へのインセンティブのバランスを取ることが、著作権の存在意義だ、ということになる。

 重要なのは、利用者の権利と創作のインセンティブがゼロサムの関係にはないということ。上手にやれば、コンテンツの消費が拡大してウィン=ウィンになるだろうし、逆に、市場が冷え込んで利用者も製作者も損をすることもありうる。

 ここでようやく、最適解はどこにあるのか、という話になる。
 
 利用者の立場からみて現行方式が古臭くなりつつあるのは、「TV番組の著作権問題がネットユーザから軽視されているのは地方で『ハルヒ』が見れなかった反動か!?」というタイトルが示しているとおり。YouTube だと、「地方」でも関東のU局が見れますからね (笑)

 もちろん、利用者にとって都合が良いという意味では Winny も同様だけど、Winny はフリーライドのための仕組みだから、インセンティブはゼロ。したがって、著作権のモデルとしては論外。

 YouTube はその点、

「局と電博はもっと番組を開放せよ。YouTubeぐらいでお前ら潰れないだろ」
(TV番組の著作権問題がネットユーザから軽視されているのは地方で『ハルヒ』が見れなかった反動か!?)

ということになる。

 話は、利用者側の都合に留まらない。

 YouTube がコンテンツ制作側にとって新しい利益配分モデルになる可能性を秘めている、という点も、また、見逃してはならない。

 既に Broadcast 1.0 の代表企業である NBC は YouTube を自社番組のプロモーションで使うために提携を発表している。今後は、「動画版Adsense」 といった方向性もありうる。

 つまりは、コンテンツの利用者と製作者の双方から見て、有意義な実験場だということ。新しい映像コンテンツ流通システムの誕生を目の当たりにしてるんじゃないか、という期待感が、YouTube を包んでいる。
by kazuhooku | 2006-07-18 22:44 | 雑想
YouTube 違法論は非本質的
 いやまあ、わかったうえでの大人の「違法論」であれば、かまわないんですが。

 YouTube で公開されているコンテンツには、他者の著作権を侵害しているものも多い。この点をもって、「YouTube は違法だ」とか「YouTube は悪い」みたいな論もあるようだ。

 だが、そのような批判は本質的でない。

 商業的な権利なんてものは、社会全体の利益に反しない程度に守られればいいものである

 YouTube は、新しい技術が可能にする、より優れた構造を希求している。これぞ「イノベーション」であり、 YouTube はベンチャーの鑑である、と言うべきではないか。

 彼らは、自ら信ずるところの社会を実現す権利を勝ち取るべく、戦っているのだ。

 たとえ YouTube が倒れたとしても、変化はとまらない。Napster が iTunes Music Store を産み出したように、続く者が成功の果実を手にするだろう。

注: 詳しくは、「YouTube が注目される、2つの理由」参照のこと (2006/07/19 追記)
by kazuhooku | 2006-07-14 11:52 | 雑想
3分野 × 3個のキーワードで理解する Web 2.0
 Web 2.0 は幅広い分野にわたる概念だけに、ともすれば、あちらこちらで違う議論になってしまう。やっぱり、まず分野を定義して、その各分野毎に整理すべきなんじゃないか ..... やってみました。

社会的側面:
 自己表現のためのプラットフォーム (ブログ)
 創発的な構造 (wikipedia)
 混沌から発生する秩序 (ソーシャルブックマーク)

技術的側面:
 クライアントサイド処理 (Ajax, CSI, P2P)
 自動連携 (Web サービス, RSS)
 オープンソース

マーケティング的側面:
 ロングテール
 CGM
 マッシュアップ
 フロント・イネーブラ

という感じかな。

 社会的側面は、山本さんから教えてもらった「The Trends Underlying Enterprise 2.0」というエントリから。

 技術的側面は、自分で選んだ。他の候補もあるけど、この3つが一番根源的だと思う。詳しくは、近日発売の「Web2.0 キーワードブック」を参照してください。

 以上、「Web2.0を語る際の論点を整理してみた」が、おもしろいけど長いなぁ、と思ったりしたこともあり、本の宣伝を兼ねたエントリでした。

20:12 追記: マーケティング的側面他加筆しました。でもひとつたりない。選ぶとしたら、何になるんだろう。個人的には「ハブ・アンド・スポーク」なんだけど、一般的じゃないと思う。

2006/7/13 追記: R30 さんの指摘により、「マッシュアップ」と「フロント・イネーブラ」を追加しました。ありがとうございます。今度はひとつ多いけど、どちらかを外すのは難しいんじゃないかなぁ。

注: 本日 2006/7/12、Cybozu Developer Network を公開したらしいです。
by kazuhooku | 2006-07-12 16:50 | 雑想
必殺仕事人と有害ゲーム規制
 『「思考実験」の続き:なぜ「強姦」は禁止で「殺人」は禁止でないのか?』 (Alternative 笑門来福) について。
 平野さんの論の問題点は、「殺人」のような行為そのものを気にするあまり、行為の背景にある文脈を無視しているところにあると思います。

■文脈による罪/よらない罪

「CERO倫理規定 6ページ 別表3 禁止表現」より抜粋

<反社会的行為表現>
1.テーマ・コンセプト上必然性の無い大量殺人・暴行を目的としている表現
2.麻薬・抗精神薬等の規制薬物で、医療目的等の本来の目的以外に不正に使用されることを肯定する表現。
3.虐待を肯定する前提での虐待シーン表現。
4. 犯罪を賞賛、助長することを肯定する表現。
5.売春・買春等を肯定する表現。
6.近親姦の表現、強姦を肯定する表現。
7.未成年による飲酒・喫煙表現を明確に推奨している表現。

(詳しくは、http://www.cero.gr.jp/regulation.html)

(中略)
なぜ「麻薬」「強姦」「売春」は禁止で、「殺人」「暴行」は禁止でないのか?

 「麻薬」「強姦」「売春」が許容されることは決してありません。これらの行為は、どのような場合であれ、決して正当化されることがない犯罪です
 一方、「殺人」「暴行」には、違法性をもたない場合違法性阻却事由が存在する余地があります。戦争において敵を殺傷するのは正等な行為ですし、正当防衛が成り立つようなケースもあります。また、犯罪組織間の抗争のような脱社会的な文脈についても、一般社会に被害が及ばない限りにおいて (罪として裁かれこそしますが) あまり問題視はされません。
 つまり、前者を規制することは CERO の目的であるところの反社会的なコンテンツを規制することと同義であるが、後者の規制は、反社会的でないコンテンツにも抵触してしまう可能性をもつことになります。この問題を防ぐために、わざわざ「テーマ・コンセプト上必然性の無い」という制約が付与されているわけです。

■表現と法規範

 「殺人」については、さらに、「必殺仕事人」のように、違法な殺人を積極的に許容する可能性すら存在します。なぜ、このような表現が許容されるか。それは、仕事人の行為が法規範には反しているものの (悪人を罰しているという点で、法規範の根元である) 社会規範には合致している (反社会的でない) からです。
 表現に対して法規範を持ち出すことは、表現を殺すことにつながります。「(法規範の限界を超えて) 社会規範を執行するヒーロー」というストーリーは、古来より最も人気のある類型のひとつです。違法行為を含む表現を有害とするのであれば、多くの子供向けテレビアニメは、直ちに放送中止すべきでしょう。
 私は、必ずしも暴力過多な表現を是認するわけではありませんが、それらテレビアニメ (多くのゲームも) の主題が、社会を守る、という点にあることを見逃してはならないと思います。

■現行の規制は無為なのか?

もし、今回多く出た意見のように「ゲームの内容は少年少女に悪影響を及ぼさない」のであれば、「禁止表現」を指定し規制をする必要はないということになります。もし、CEROの自主規制が根拠なく行われているのであれば、法律の制定どころかこの自主規制さえ必要なく、CEROに対して禁止の解除を求めるべしということになりますが、この点について、参加各位はどう考えられるでしょうか。

 この点については、論理が飛躍しているのではないかと思っています。
 私の認識が正しければ、現行の「ゲーム無影響論」は、ゲーム内の暴力行為が青少年に影響を及ぼすか、という点について調査したものです。
 一方で、CERO の規制は「反社会的」か否かという行為の文脈に着目した規制であり、行為そのものへの規制ではありません。
 現行の「反社会的」でないゲームが青少年に影響を及ぼさないからといって、規制を撤廃した後に出現しうる「反社会的」なゲームの「反社会性」が伝播しない保障はありません
 私はゲームの表現を法で規制するのには反対ですが、現行の自主規制は、表現の幅を確保しつつも、一定の品質を担保するという点で、バランスがとれていると感じています。一消費者として、規制の存続を希望します。

注: 理由の如何によらない犯罪の代表例として「人道に対する罪」があります
by kazuhooku | 2006-07-10 00:01 | 雑想
hazama-hazama 氏の一連のエントリーについて
僕はその「素晴らしい」人に「あなたは死刑執行のボタンを押せるか?」と訊ねたい。被害者に優しいあなたはそのボタンを押せるのか?誰かが人知れず押してくれるからこそ、そう言えるのではないのか?
(あなたは死刑執行できるか)

敢えてナイーヴな「疑問」と言う形で発言したところ、いろいろな意見をもらうことができた。しかし残念ながら全て予想の範囲内の意見だった。

(中略)

僕は「正義」の名の元に、無自覚にモダンな「パンとサーカス」を望む「優しい」「素晴らしい」人々が大嫌いなだけだ。彼ら(僕)は、ドラマや映画を消費するようにワイドショー的に死刑を消費する。
(ちょっとだけ帰ってきた過下郎日記 - 死刑の後で)

 hazama-hazama 氏のこのような公開の場での「釣り」行為も、死刑について真摯に考えている人たちを「ワイドショー的に消費」するものではないのか?

 「ワイドショー」を無自覚に消費する人々を「大嫌い」と言う氏は、自らがこのような「ワイドショー」をプロデュースしているという点についてどう考えているのだろう。
by kazuhooku | 2006-06-23 10:54 | 雑想
愛国心と阪神タイガースの関係について
 デュッセルドルフに住むケペネックさん一家は、20歳の女の子を筆頭に3人の子供がいて、平均的なトルコ人家庭より裕福な、かなりドイツ社会に同化しているタイプの家族だった。長女のバヌは、「自分のアイデンティティはドイツ人であって、トルコ的なものはルーツではあるけれど、自分の実生活とはほとんど関係ない」と言い切っていた。

 ところがである。その日、夕ごはんをごちそうになった後、たまたまテレビでサッカーのライブ中継があった。それもトルコ対ドイツ。すると、いきなりトルコ国旗が登場し、一家全員が熱烈にトルコを応援しはじめたのである。「え、ちょっと待って、何で?」と問いかける私に対し、彼らは質問の意味そのものを解さない様子。

 しかしそのとき私の中に、ある感慨が起こった。「これはもしかして、関西出身で東京育ちだけど、私は阪神タイガースのファンですというのに近くないだろうか」と。
(asahi.com:ドイツ便り「「どっちを応援しているんですか?」」 - W杯2006)

 笑。

 たとえ阪神が弱くともファンであることを止めたりはしないわけで。

 だから、自虐史観の教育を受けると愛国心が涵養されない、というのは間違いだと思う。

 愛国心があるから (阪神ファンだから) 誇れる国であってほしい (強い阪神であってほしい) というのは、あるかも。

 誇りの持ち方の問題のような気もする。

 一方で、国家に対する忠誠心が必要かどうか、という論点もある。
by kazuhooku | 2006-06-20 03:57 | 雑想
Interop が面白くなかった理由
 先週金曜日、Interop に行った。でも面白くなかった。

 たぶん、revolution の展示が少なく evolution ばかりが目についたからだと思う。

 たとえば、ソフトイーサが PacketiX VPN で 3Gbps 超のデモをやっていたりしたわけだけど、それってエンタープライズがターゲットだよね? コンシューマや SMB には、全く関係ない話。
 VPN という意味では、 hamachi (P2P VPN) とかのほうが、よっぽどわくわくする。でも、そんな展示はあるわけないし。

 コンシューマや SMB については、ネットワーク関係はもはやコモディティ化してるんだな、とあらためて思った次第。
by kazuhooku | 2006-06-13 11:34 | 雑想
ジャーナリストという消えゆく職業
 R30 さんが、「烏賀陽さんがぶち切れている」というエントリで、

 そもそも新聞メディアの(それも烏賀陽さんみたいな超のつく良心的な)記者の書く原稿というのは、その作成プロセス自体がネットメディアの要求するものよりはるかにオーバークオリティなのだしね。裏取りしてないでいい加減なこと書いても、誰かがそれで怒り出さなければとりあえずそれでオッケーなわけだし、仮に一生懸命裏取りしたところでPVが増えるわけでもなく、誰も褒めてくれない。
と問題提起し、

 でもよく見ると、インターネットだって実は既存メディアのエコシステムを「劣化コピー」してるだけに過ぎない。原稿を「商品」として買い取ってるし、それをすごい勢いでフローとして費消している。知財としての原稿のストックからアウトカムを生み、それを最大化するようなマネジメントをやっているとは、到底思えないわけだ。

 だったら、エコシステムとしてもっと原稿を「知財」として扱うような仕組みを作ったら、うまく行くんじゃないの?なんてことを、ちょっと思ってみたですよ。どんな仕組みなのかは分かりませんがね、ええ。そんなわけでライターの皆さん、頑張ってください。
と、まとめている。

 でも、インターネットのエコシステムは既存メディアのエコシステムを「劣化コピー」しているわけではないはず。正確に言うと、Web 1.0 はそうだった。でも、いまや独自のエコシステムが出現しつつあるよね、というのが「Web 2.0」なんじゃないのか。R30 さんは、もちろんわかってると思うけど。

 既存メディア業界が「ヨレヨレであります」ってことになってるのは、ライターのモチベーションが上がらないという構造に問題があるからではなく、コミュニケーション手法の変化によって取材にかかるコストがゼロになりつつある、という点によるのだと思う。
 
 記者会見がネットで中継されて、電凸が公開されるような世の中では、取材コストを読者に転嫁することはできない。取材も裏取りも分析も皆がよってたかって無料でやるんだから。(例: その1, その2)

 ブログの「分析」があればメディアの「論評」はいらない、という話があるが、「取材」機能についても同様なんじゃないのか、ということ。
by kazuhooku | 2006-06-10 13:10 | 雑想
産経新聞が本音で語ってる件
 卒業式、入学式での国歌斉唱が浸透するなか、「君が代」の替え歌がインターネット上などで流布されている。「従軍慰安婦」や「戦後補償裁判」などをモチーフにした内容だが、本来の歌詞とそっくり同じ発音に聞こえる英語の歌詞になっているのが特徴で、はた目には正しく歌っているかどうか見分けがつきにくい。既に国旗掲揚や国歌斉唱に反対するグループの間で、新手のサボタージュの手段として広がっているようだ。

(中略)

 歌詞の意味は難解だが、政府に賠償請求の裁判を起こした元慰安婦と出会った日本人少女が戦後補償裁判で歴史の真相が明らかにされていくのを心にとどめ、既に亡くなった元慰安婦の無念に思いをはせる-という設定だという。皇室に対する敬慕とはかけ離れた内容で、「国家は殺人を強いるものだと伝えるための歌」と解説したホームページもあった。

Sankei Web: 「君が代」替え歌流布 ネット上「慰安婦」主題?

という記事。論評抜きのベタ記事かと思いきや、

 皇室に対する敬慕とはかけ離れた内容で

 皇室に対する敬慕とはかけ離れた内容で

 皇室に対する敬慕とはかけ離れた内容で

 …

 ちなみに、政府見解は、以下のとおり。

 日本国憲法下においては,国歌君が代の「君」は,日本国及び日本国民統合の象徴であり,その地位が主権の存する日本国民の総意に基づく天皇のことを指しており,君が代とは,日本国民の総意に基づき,天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のことであり,君が代の歌詞も,そうした我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと解することが適当であると考え,かつ,君が代についてこのような理解は,今日,広く各世代の理解を得られるものと考えております。

2 「君が代」の歌詞の意味についての政府の解釈について

 こういう大人の知恵をあっさり無視してしまうあたり、産経新聞は、まさに右翼の良心だと思う次第。

 言論の自由があるっていいですね。
by kazuhooku | 2006-05-29 21:32 | 雑想